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昨日になる今日

読んだ本と、日々思うこと。

脱・英語アレルギー

英語を話せない。

話そうとしても、単語が出てこないし文法も曖昧だしで言葉に詰まる。

運よく頭の中で簡単な英文を組み立てられたとしても、私の発音で伝わるのかと不安に襲われ、恥ずかしくなって発声できない。

ところが先日、お酒をしこたま飲んだ夜に、根津の道端で外国人に話しかけられたか話しかけたかし(飲みすぎて記憶が曖昧)、そのまま一緒に近くの小さな酒場でお酒を酌み交わしたことがあった。
中学生英語で「いつから日本にいるの?」とか「日本のどんな食べ物が好き?」とか、そんな話しかできなかったけれど、非常に堂々と英語を話していた記憶がうっすらと残っている。

恥ずかしささえ克服できれば、ごくごく簡単なコミュニケーションは取れるようだ。
では、恥ずかしさを生み出す一因である発音をなんとかしよう、と野中泉さんの『英語舌のつくり方 ー じつはネイティブはこう発音していた!』を購入した。

ページをめくり、「ア」の発音だけでもこれほどバリエーションがあるのか、と驚く。
思い返せば、学生の頃は単語帳に書かれた発音記号など気にかけたこともなかった。
「英語の勉強」に励んだあの数年間はなんだったのだろう。

外国人と話す機会があると、「何年英語を勉強しているの?」と聞かれる。
「中学からだから、10年は勉強した」と答えると、相手は「本当に…?」と絶句する。正直、馬鹿にされてもしょうがないレベルの語学力だ。
友人の韓国人などは、日本語を3年間だけ勉強して、もうネイティブとほぼ変わらないレベルにいたっている。

CDの後について、何度も何度も発音の練習をする。地道ではあるが、部活の基礎練のようでなんだか楽しい。
驚くのは、発音ができるようになってくるとリスニング能力も上がることだ。
子音や母音の細かな違いを耳が捉えることで、発せられた単語の識別をしやすくなる。

舌の位置や唇の形など、丁寧に書いてあるので非常にわかりやすい。
まだ身体に覚えこませるまではいたっていなくてイラストを見ながらゆっくり練習しているが、ここに書かれた発音を身につけられたら一つ自信になると思う。

自己啓発本という自由工作キット

本棚で何年も熟成させていた、塩野七生さんの『日本人へ リーダー編』を読んだ。

古代ローマの豊富な知識を元に、塩野さんが現代の政治を鮮やかに読み解く。
少し前に書かれた書籍だが、ふんだんに詰め込まれた日本への提言は色褪せない。

言葉を非常に大事にしている方で、「書く内容に適した文体が存在する」という記述に共感した。使われる単語が一つひとつが美しい。

最近は会社の本棚に置かれた自己啓発本を読み漁っていたので、塩野さんの書く学術的な文章は新鮮で、色々と考察する余地を与えてくれた。

一方で、最近読んでいた様々な自己啓発本は、単純明快に行動指針を示唆してくれた。
それは裏返せば、著者の意図する通りの思考をある程度なぞらされているということだ。
どこか、自由工作キットに似ている。

もし、夏休みの自由工作でイライラ棒(古いかな)を作りたいと子供が考えた場合、自分で針金や豆電球などを集めるよりも、イライラ棒キットを買った方が、品質が高いものを手早く作ることができる。

でも、きっとその子は自由工作キットの完成形以上のものを作ることはしないし、いざ夏休みが明けて学校へ行くと、似たようなイライラ棒がごろごろと転がっているに違いない。

同じ自己啓発本を読めば、似たような思考を持つ人々が量産される。ひとしきり自己啓発本を読み漁った後、ふとそんな気がしてしまった。

一方で、明確に人を動かすようなメッセージが打ち出されていない本からは、何も得られないかもしれないが、もしかすると筆者が意図した以上のことを得られるかもしれない。
読者に「こうせよ」と迫らないことが、読者の自由な発想や行動を促し、その結果は十人十色になるはずだ。

けれども、私はアンチ自己啓発本派というわけではない。
処方薬として上手く使えば、大きな効果を発揮することもある。

昔バイトをしていた飲食店に、とにかく人と対立するのが得意な先輩がいた。もちろん、あまり周りから好かれてはいなかった。
常に眉間にしわを寄せて、小言を繰り返すような人だった。

ところが、ある日出勤すると、これ以上にないほどの爽やかな笑顔を向けられ、度肝を抜かれた。バイト中も、なんやかんやと優しくアドバイスをしてくれる。
なんだかんだもう2年ほどの付き合いだったが、こんなの初めて!状態だった。

「彼、どうかしちゃったの?」と他のバイトの子に聞いてみたところ、最近自己啓発本にはまっているらしい。なにやら、人に優しくすると自分に幸せが返ってくるというような内容の本だという。

そこまで素直にメッセージを受け取れるなら、人生において自己啓発本は非常に有用となり得るのではないか。

旅行中に旅をする

海外旅行の前、スーツケースに入れる文庫本を選ぶ時間が好きだ。

なるべく分厚くて、文字がぎっしり詰まったものがよい。
行きのフライトで一冊、ビーチに寝そべって二冊、帰りのフライトで一冊ぐらいがちょうどいい。

波の音を聞きながらのんびりしたいので、サスペンスやホラーなどあまりに緊迫感のある小説は避ける。
泣いたり笑ったりしながらゆっくり読める恋愛小説を持っていくことが多い。

最近は、主人公が旅をするような小説を旅行中に読むのが気に入っている。
先日は、大崎善生さんの『ユーラシアの双子』を読んだ。上下巻にわかれていて、ボリュームも申し分ない。

中学生の頃に『アジアンタムブルー』を読んでから、もうずっと大崎さんの虜だ。
大崎さんが書く風景、人物、心情、台詞、すべてが透明感のある魅力を放っていて、読み進めるのが心地よい。

『ユーラシアの双子』は、孤独な中年男性が鉄道を乗り継ぎユーラシア大陸を横断する物語だ。
そう聞くと、よっぽど哀愁漂う小説なのだろうと思っていたが、予想は大外れ。
旅先でたくさんの人々に出会い、愛され、色とりどりの景色の中を主人公は進む。
物語が進むにつれて、冴えない中年男性だったはずの主人公が最高に格好よく見えてくる。
そして、主人公の一歩先を行く、濃い影をまとった少女の存在が物語にミステリの要素を加えている。

ユーラシア横断の途中で訪れる各国の文化の違いも面白い。
まるで読者である私自身がユーラシア横断の旅をしているかのように、その土地その土地の雰囲気や景観、気温や匂いを鮮明に楽しめる。
過去に、大崎さんのエッセイを読んだことがあるが、小説に転用されているエピソードがいくつもあった。
実体験をある程度元にして書いているからこそ、作り物を超えた生々しい美しさを描写できるのだろうと感じる。
大崎さんは多分、ロシアのごはんが相当苦手なんだろうな。いや、もしかしたらそこは完全に創作なのかもしれないけれど。
ロシアを抜けてヨーロッパの地に降り立った時の解放感を私もありありと実感できた。

旅行に来ているのにも関わらず「ああ、旅がしたい!」と思わせる、骨太の旅小説。
『ユーラシアの双子』はそんな小説だった。