旅行中に旅をする
海外旅行の前、スーツケースに入れる文庫本を選ぶ時間が好きだ。
なるべく分厚くて、文字がぎっしり詰まったものがよい。
行きのフライトで一冊、ビーチに寝そべって二冊、帰りのフライトで一冊ぐらいがちょうどいい。
波の音を聞きながらのんびりしたいので、サスペンスやホラーなどあまりに緊迫感のある小説は避ける。
泣いたり笑ったりしながらゆっくり読める恋愛小説を持っていくことが多い。
最近は、主人公が旅をするような小説を旅行中に読むのが気に入っている。
先日は、大崎善生さんの『ユーラシアの双子』を読んだ。上下巻にわかれていて、ボリュームも申し分ない。
中学生の頃に『アジアンタムブルー』を読んでから、もうずっと大崎さんの虜だ。
大崎さんが書く風景、人物、心情、台詞、すべてが透明感のある魅力を放っていて、読み進めるのが心地よい。
『ユーラシアの双子』は、孤独な中年男性が鉄道を乗り継ぎユーラシア大陸を横断する物語だ。
そう聞くと、よっぽど哀愁漂う小説なのだろうと思っていたが、予想は大外れ。
旅先でたくさんの人々に出会い、愛され、色とりどりの景色の中を主人公は進む。
物語が進むにつれて、冴えない中年男性だったはずの主人公が最高に格好よく見えてくる。
そして、主人公の一歩先を行く、濃い影をまとった少女の存在が物語にミステリの要素を加えている。
ユーラシア横断の途中で訪れる各国の文化の違いも面白い。
まるで読者である私自身がユーラシア横断の旅をしているかのように、その土地その土地の雰囲気や景観、気温や匂いを鮮明に楽しめる。
過去に、大崎さんのエッセイを読んだことがあるが、小説に転用されているエピソードがいくつもあった。
実体験をある程度元にして書いているからこそ、作り物を超えた生々しい美しさを描写できるのだろうと感じる。
大崎さんは多分、ロシアのごはんが相当苦手なんだろうな。いや、もしかしたらそこは完全に創作なのかもしれないけれど。
ロシアを抜けてヨーロッパの地に降り立った時の解放感を私もありありと実感できた。
旅行に来ているのにも関わらず「ああ、旅がしたい!」と思わせる、骨太の旅小説。
『ユーラシアの双子』はそんな小説だった。